窓の無い部屋

ホーチミンで住んでいる部屋は窓が小さい部屋であった。窓が小さいという以外はコストパフォーマンス抜群の部屋であった。

浴槽がついている。熱いお湯がしっかりと出る。浴室も広い。

キッチンにもコンロが二口ついている。換気扇もある。自分は自炊をしないこともあり、キッチンはそれほど重要ではないが、あればあったで便利である。

部屋が狭いのがたまに傷だ。寝て半畳、起きて一畳まではいかないが、本棚を置くような余分なスペースがない。大きな机や椅子がないので、作業や勉強には向かない。

そういった内容の部屋だが月額450ドルであった。レタントンのヘムの中にひっそりとあるアパートであった。

基本的に気に入っているのだが、如何せん、冒頭で記載したように窓が小さくて、今、昼間なのか、夜のなのかがほとんどわからない。

キッチンのところについた窓からほんのすこし外界のあかりが差し込むだけである。

以前にハノイでも窓の無い部屋で暮らした事があった。そのアパートの部屋はかなり大きかったが(50平方メートル以上あった)、窓が無いからやはり不満な点が残った。

一番は窓がないことで気分が乗らないのが問題だ。人間というのは案外そういうところでモチベーションを左右されるというのを感じる。

余談だが、ドストエフスキーの『地下室の手記』を再読していた。この本は学生時代に何度も読み返した本であるが、改めて読んでみても味わい深い本である。自分もこの本の主人公の年齢を越してしまった。それでも、感性そのものは若い頃と比べて摩滅していないと思っている。