オッフィース労働が面倒くさくて堪らない

連休が始まった。仕事が嫌で嫌でたまらない、会社勤めが大嫌いな自分にとってみれば、休みの日というのは非常に有り難いものであった。近頃、会社に行くのが本当に苦痛になっていた。こんなときに、週休1日とか、隔週週休二日制だったりしたらと思うとゾッとする。週に1日しか休めないと日頃の疲れが全く取れないのだ。週休二日でも少ないぐらいだ。本来は仕事等、週に1日、2日ぐらいやれば十分なものではないか。

オッフィース労働というのは、究極のところ、精神労働なのだなと思っている。精神を削り、ストレスに耐えることで給与がもらえる仕組みになっている。オッフィース労働で一番強いのは、心がプラスチックで出来たような人間だ。多少のことでは傷つかない鈍感で、頑丈な心の持ち主でなければならない。とくに、昨今の風潮というのは大変なことになっている。オッフィースが戦場であることは昔から変わりなく、オッフィースで働く者同士は競争者で、対立し合う可能性というのは十分にあるというのに、それでも、「コミュニケーション能力」で持って、もともと合わない相手と仲良く協調して、仕事をしなくてはならないという点である。

現代くらいコミュニケーション能力がうるさく言われる時代はこれまでに無かったのではないか。こういう時代になってくると、真面目さ、直向きさ、愚直、正直という人間の徳は軽視されて、もっと野蛮なムラ社会的政治力や、チンピラ性、ガサツさ、下品さなどの方が尊ばれるようになる。

ウンザリして来る。そしてまた、会社には筆者のように割りかし物事をアナーキーに考える人間とはまず遭遇しないので、孤独の度合いを一層深めることになる。